エリザベス・ステュアート

エリザベスが生まれた当時、スコットランドのみの王であった父ジェームズ6世は老いたイングランド女王エリザベス1世の後継者となることを望み、女王の歓心を買うつもりもあって、自らの長女に女王と同じ名を付けた。1603年、エリザベス1世は死去し、ジェームズ6世はイングランドとアイルランドの王位を新たに継承した。

1613年、エリザベスはプファルツ選帝侯フリードリヒ5世と結婚し、宮廷のあったハイデルベルクで暮らした。フリードリヒ5世は1619年にベーメン王に即位したが、翌1620年の白山の戦いに敗れて王位を逐われ、1622年には本国プファルツもハプスブルク軍の侵攻を受けてネーデルラント連邦共和国へ逃れた。エリーザベトは夫に従ってネーデルラントに亡命し、以後はハーグで暮らした。夫に先立たれた後、1661年にイングランドへ帰り、翌1662年にロンドンで死去した。