砲術

砲術について。

特徴は命中に重点が置かれ、射距離によって標的のどの部分を狙うか、伝書に図入りで示され、目的に応じた各種の「射撃姿勢」が描かれ,各据銃姿勢による体の各部位の力の配分や、息遣い、また、「寒夜聞霜(照準時の心持として寒夜に霜を聞くことができるような精神統一)思無邪(おもいよこしまなし)」等を名言として伝えた。

また遠距離を狙う場合、単に照星、照門(先目当、前目当)での照準にとどまらず、二つの照準器の間に在る小型の照準器との兼ね合いで照準したり、照門に「矢倉(やぐら)」と云う秘伝のアタッチメント「照尺」を付け、仰角をつけて撃つ等の業があり、また距離、口径、季節等の変化に対応した、火薬剤の配合比率等が秘伝として伝えられた。

天保年間に高島秋帆によって西欧の火器用兵術が紹介され、殊に武州徳丸原(ぶしゅうとくまるがはら=現、東京都板橋区高島平)での公開演練の後は、江戸幕府や西南雄藩において「高島流砲術」として導入され急速に普及した。 これはこれまでの砲術と異なって、命中精度より集団運用による所謂「弾幕を張る」等の用兵が主であり、それまで日本に無かった「号令」(日本には「命令」はあっても「号令」は無かったと云う)による一糸乱れぬチームーワークで火器を駆使するための戦術プラス銃砲術の性格を持ったものであった。折りしも欧米列強の外圧や幕末の動乱等の時代に至り急速に普及した。